恋愛
日本では、古くから恋は和歌の最も多い題材であり、物語文学でも貴族の恋模様を描いたものが多い。その一方で、元々日本には恋愛という概念はなく、近代になってロマンチック・ラブが入ってきてはじめて二者間の関係としての恋愛が行われるようになったという主張もある。江戸時代の「色」(恋)を扱った文学が、男が遊郭の女に慕われる事を粋として称揚する、近代的な恋愛とは懸け離れたものであった事もその根拠になっている。
少なくとも、恋愛と結婚が結びつくのはロマンチック・ラブの一般化した近代以降に広くみられるようになった現象で、それ以前は結婚は経済的な繋がりの方に重点があった。経済的には結婚しなければ食べてゆけない人も多かった(一方、江戸時代には武家や農家の次男・三男は結婚出来ないのが普通であったし、一生結婚しないまま過ごす女性の奉公人も多かった)。
日本では、自分の好きな人と恋愛をして結婚するという恋愛結婚が現れたのは、明治以降の事である。北村透谷は、「厭世詩家と女性」で、「恋愛は人生の秘鑰(秘密を解く鍵)なり、恋愛ありて 後人生あり、恋愛を描き去りたらむには人生何の色味かあらむ」と高らかに恋愛至上主義を宣言し、当時の若者に衝撃を与えた。与謝野晶子の『みだれ髪』で詠われた情熱的な恋愛も、与謝野晶子自身が与謝野鉄幹との大恋愛(与謝野には妻子があり、略奪愛であったが)の末に結ばれた事と重なって、当時の若者の理想になった。明治から大正にかけて、文化人の間にはロマン主義の影響や、家制度によるお見合い結婚への反発として、恋愛至上主義が広まったが、恋愛結婚が大衆化するのは戦後になってからである。お見合い結婚でも親の意向にのみもとづいた結婚は忌避されるようになり、夫婦の間の愛情をもった繋がりが強調されていく。
高度経済成長期以降は、恋愛結婚の大衆化により、恋愛は普通の男女であれば誰でも出来る・すべきものだという風潮が広がった。又、1990年前後バブル景気の日本では恋愛で消費行動が重視される傾向があり、「この時(イベント)にデートするならばここ(流行の店など)」「何度目のデートならどこにいく」というようなマニュアル的な恋愛が女性誌や男性向け情報誌、トレンディドラマなどで盛んにもてはやされた。「アッシー」(車の運転担当の男性)「メッシー」(女性に食事をおごる男性)「ミツグ君」(女性の買い物にお金を出す男性)など何人もの男性を交際相手として使い分ける女性がマスコミで盛んに取り上げられた。男性側がどれだけ金を使ったかを愛情の深さの基準として測る風潮が、それまでの社会的規範に反するとして非難されたり、賞賛されたりしたが、これにより「結婚を前提とした一対一の関係」や「純愛」というロマンチック・ラブの規範から逸脱した恋愛関係が若い世代にも広く認知されはじめたといえる。バブルの時代に成立した、男性側がどれだけ金を使ったかを、男性の器の大きさや、交際する女性の魅力と見なす傾向は、バブルを経験した30代より若い女性にはすっかり定着したとの意見もある。
近年は、不倫に寛容な風潮が一部に現れたり、セックスフレンドなどの男女関係が認知されるなど、性愛と愛情が分離した関係性も社会的に認められるようになり、ロマンチック・ラブの形骸化も起こっているが、ロマンチック・ラブにもとづく恋愛結婚にこだわり、不倫に抵抗感をもつ若者は今なお多数派といえる。
かつては小学生や中学生が相手に恋慕の感情を抱いても、周囲の妨害や社会的規範から交際に発展しない事が多かったが、今では小学生や中学生のデートも少なくない。ただし女子小学生が中学生以上の男性と交際したり、女子中学生が高校生以上の男性と交際するのは、非行へ発展する事も多いと見られ、双方にとって社会的リスクを伴う。特に、成人男性が15歳未満の女性と交際していた場合は、男性は少女愛者と見なされるであろう。